家事のお供にボイスレコーダー

実家を出て二十数年。学生寮に住んでいた時期もあるが、もう人生の半分以上を一人暮らしで過ごしていることになる。独居というとなんだか寂しいニュアンスもあるが、特段ホームシックにかかることもないので自分にはきっと向いているんだろうと思う。

ただ一人暮らしをする上で必須なのが家事。実はこの普遍的で反復的な生活動作を行なう上でも、大いに役立っているのがボイスレコーダーだったりする。そんなわけで先月に引き続き、今回もこの愛すべき相棒にちなんだ研究を。家事が苦手な読者がおられたらぜひ参考にしていただきたい。

1.タイムリミットの設定

僕は何事にも腰が重い。しめ切りは厳守したい性分なので、タイムリミットがある作業についてはなんやかんやでやるのだが、家事は特に期限があるわけではないのでついつい後回しにしがちだ。洗濯はしないと着る服がなくなるし、皿洗いもしないと使える食器がなくなるので、まだ渋々でも腰が上がる。しかし床掃除や風呂掃除はしなくても生活できてしまうのでなおざりになってしまう。実際はしないとほこりや汚れが目立つのだろうが、僕はそれを視認することができない。ここは目の悪さがマイナスに働いているといえる。

仕事がある日は夜に騒がしくするわけにはいかないのでまずやらない、かといって休日もゴロゴロしていたいのでなかなかやらない。昼になったらやろう、夕方になったらやろう、と思いながら結局夜になってしまう。

こんな愚かな自分に発動のきっかけをくれるのは、友人からのメールである。友人は僕の目の事情を知っていて、時々買い物に誘ってくれる。そのおかげで僕のライフラインは保たれているわけだが、この後買い物に行くという予定が入った途端に僕の重い腰は上がる。「友人が来るまでに」というタイムリミットができたおかげで、ついにエンジンがかかるのである。

2.同時進行での作業

タイムリミットと共にもう一つ、僕が家事をする上で必要な条件は同時進行。昔サザエさんに「明るい笑いを振りまいてお掃除片手にお洗濯」という歌があったが、まさにこれである。

具体的に書いてみよう。家事をするぞと思い立った時、まず最初にやることはボイスレコーダーをズボンのポケットに入れること。そしてそこから繋がるイヤホンを耳に装着すること。

好きな音声図書を聴きながら、まずは洗濯機を回し始め、同時に風呂掃除を開始する。洗濯機で水が使われる際には、シャワーの水の勢いや温度が多少変動するが気にしない。そして浴室から出ると今度は台所で皿洗いを開始。同時に残り少なくなってきた烏龍茶を作るためにヤカンを火にかけ、隣の鍋でゆで玉子も作り始める。ヤカンのお湯が湧いたら火を弱めてティーパックを放り込む。鍋が沸騰したら一分ほど煮込んであとは余熱に任せる。

三十分ほど経過して洗濯機の音の変化で脱水が始まったのがわかると、少し皿洗いのスピードをアップ。いい感じにお茶の香りが漂い始めたのでヤカンの火を止め、最後のカップを洗い終わったところでピーピーピーという洗濯完了の音が鳴る。

まあここまでタイミングがバッチリなことは滅多にないが、洗濯をしている間に風呂掃除と皿洗いとお茶作りとゆで玉子作りが同時に終わるのがとても気持ち良い。

続いては当然洗濯物を乾す作業。まずは干したままだった乾燥した衣類を取り込み、代わりにどんどん今仕上がった洗濯物を乾していくわけだが、その間に今度は夏用のタオルケットと枕カバーを洗濯機に放り込んでスイッチオン。干し終わると居間の掃除機がけを開始。そしてかけ終わった頃にまた洗濯機がピーピーピーと鳴ってくれると一番嬉しい。タオルケットと枕カバーも干し終わったらこれにて家事は終了、はいよくできました。

一通り終わったところでボイスレコーダーも停止する。一連の家事をやりながら小説の物語も進んでいる、という点が重要なのである。このタイミングで友人が到着するとまさにピッタシカンカンなわけだが、まあそこまでうまくいく日はそうそうない。洗濯物を乾すのが間に合わなくて友人を待たせたこともあった。だったら無理してその限られた時間で家事をしなくても…とも思うが、タイムリミットが迫る中で同時進行で一気にやるのが流儀なのである。

3.退屈と暇の解消

家事の何が苦痛化というとその退屈さにある。家事をやっている間の暇が耐えられないのだ。同じ理屈で僕はマラソンも苦手で、走っている間の暇が耐えられない。マラソン好きの友人に「走っている間何をしてればいいんだ?」と尋ねると、「走ってるんだからもうしてるだろ」と怒られてしまう。やはり僕はスポーツマンになれそうもない。

それはさておき、ボイスレコーダーを使うことで、退屈な家事の時間が至福の時に変わるのが嬉しい。なんたって掃除や洗濯をしながら小説を楽しめるのだから。音楽でも悪くはないのだが、音楽ではBGMになってしまって家事に意識が向きやすい。音声図書は油断するとすぐ聴き飛ばしてしまうのでそちらに意識が向く。家事に苦痛を感じないためには無意識でやるのが一番、だからこういう時は小説がよい。特に有栖川有栖氏の『学生アリスシリーズ』がベストというのが僕の研究の成果である。

ボイスレコーダーの利点はイヤホンで聴けること。皿洗いの水道の音や掃除機のモーターの音に邪魔されず音声を届けてくれる。テレビやラジカセではそうはいかない。

そして軽量なのも良い。同時進行で家事をやりたい僕は一か所にじっとしていない。洗濯室・浴室・台所・居間…メゾネットタイプの部屋なので階段も上がったり下がったりしている。その間、ずっとボイスレコーダーはポケットの中にいてくれて、どこに移動しても変わらず小説を読み上げてくれるのである。もし家事の退屈が耐えられないという同志がおられたら、ぜひこの方法を試してみていただきたい。僕は家事の時間を活用してもう何冊音声図書を読んだかわからないのだから。

4.歴代ボイスレコーダー

そんなわけでこんな場面でも活躍してくれる我が相棒。先月・今月とボイスレコーダーの研究をしたので、歴代相棒勢揃いの写真を掲載しておこう。ちなみに撮影してくれたのは前述の友人。こんなことまでしてくれて、本当に感謝です。

歴代ボイスレコーダーの画像

5.研究結果

家事をするついでにボイスレコーダーを聴いているのか?
否、ボイスレコーダーを聴くついでに家事をしているのだ。
サザエさんは偉大なり。

令和2年10月4日  福場将太