毎日が運試し

目が悪くなると困ることの一つ、それは文字どおり見分けがつかないということ。同じ形状の物体でも、色の違いや説明表記があれば本来は判別できる。しかし視覚が使えないとそうはいかない。一体どちらが自分の目当ての物なのか、それはまるで時限爆弾の解除で赤の線を切るか青の線を切るかのごとくで、どんなに迷っても決め手がないと、最終的には運を天に任せるしかない。
僕の日常にはそんな運試しが溢れている。今回はそれを研究してみたい。

1.買い物にて

スーパーやコンビニには、形状が似ている商品がたくさんある。ペットボトルは言うに及ばず、例えば牛乳パックと同じ形状の飲み物も多い。フルーツジュースも、飲むヨーグルトも、コーンポタージュスープも、同じ形をして同じ棚に並んでいる。愛してやまないレトルトカレーのLEEにしても、激辛10倍と20倍で箱の違いはない。

カップラーメンやカップ焼きそばもそう、容器の感触だけで判別するのは難しい。それにあまり撫で回していたら不審者と疑われてしまう。他にも、お肉やお刺身のパック然り、冷凍食品然り、缶詰然り、どれも似たような形状をしている。

今でこそ買い物は優しい友人が付き添ってくれるので、友人の策略でスイーツを買わされることはあっても、間違った商品を買ってしまうことはなくなった。一番大変だったのは、まだかろうじて残っていた視力で一人で買い物をしていた頃。帰宅して食べる時までおにぎりの具はわからなかったし、玉子サンドかツナサンドかも賭けだった。同じ弁当や同じサラダを複数買ったこともある。まあブロッコリーとカリフラワーは、もともと違いがわからないのでさほど問題はないのだが。

このように、かつての買い物は運だめしの連続だった。全て思惑どおりの商品を買えた時は、奇跡と呼んでもいいくらいだった。

ちなみに買い物といえばお会計もつきものだが、日本のお金は硬貨もお札も全て形状が違うので、指先だけで判別できるのは有難い。よって財布の中身をあらかじめ整理さえしておけば、お支払いを間違えることはそうそうないのである。

2.キッチンにて

家の中にも運試しはたくさんある。これも今でこそ百発百中の技術を習得したが、かつては牛乳パックの開封口を間違えて、逆の方を破ってグチャグチャにしてしまうことがよくあった。インスタントの日清焼きそばを作ろうと思って鍋に湯を沸かしていたのに、袋を開けたらチャルメラだったので急遽お湯を足して献立変更、なんてのも日常茶飯事。

冷蔵庫の中に二種類のもずく酢、どちらが三杯酢でどちらが黒酢かは完全に運任せ。冷凍パスタも、電子レンジで解凍するまでナポリタンかミートソースかペスカトーレかは神のみぞ知る。慌てているとケチャップとマヨネーズを間違えることもあるし、チューブのわさびとからしもしょっちゅう入れ代わる。ジャムの瓶とごはんですよの瓶も油断すると逆転する。一度だけだが、サラダ油ではなく台所洗剤で目玉焼きを作ってしまったこともあった。

もちろんこれらの多くは、配置の工夫や臭いの確認で概ね解決することができる。でも時として運試しもしてみたくなるのが人情だ。ちなみに賞味期限については…、我々の業界にはそんな概念は存在しない。冷蔵庫はタイムカプセル、そこには永遠の時間が流れている。訪ねてきた母親が絶叫していることもあるが、それは聞かないことにしよう。

3.お風呂にて

ボディソープ・シャンプー・コンディショナーは、容器の形状も違うし、同じメイカーの商品でも、ちゃんと触ってわかる目印がついているので混同することは少ない。問題なのは詰め替え用のパックの判別だ。似たり寄ったりなので、ここは運試し。もちろん買い物の度に順番を決めて棚に並べるのだが、詰め替えるのは数か月に一度なのでついその順番を忘れてしまう。

ところで洗顔や髭剃り・歯磨きについては、視力の有無で特に不便を感じないのだがどうなのだろう。お化粧ならともかく、洗顔は手探りでやれているように自分では思っている。もちろん寝ている間にこっそりおでこに『肉』と書かれていたとしても、僕には気付きようがないのだが。

前に金田一少年が「目の悪い人間がコンタクトレンズなしで髭を剃るはずがない」といった推理をしていたが、自分としてはそうかなあと思った。情報求む!

4.自室にて

パソコンや楽器、電話などの日用品は、どこに何が置いてあるのか概ね把握しているのでそれほど困らない。衣服についても、基本ジャケット・ズボン・ベストは黒一色、ワイシャツは白一色、マフラーは赤一色に統一しているので、組み合わせを間違うことはない。遊びに出掛ける時に、喪服や礼服を着ないようにだけ気を付ければよい。

そんなわけで日常で手間取る頻度が多いのは、CDとDVDの判別である。

例えば音楽CD、ビートルズの赤盤と青盤、触ってわかるものではない。そのためCDはアーティスト別、発売順に並べている。だからよく聴く物はすぐに発見できる。ただオムニバスCDや滅多に聴かないCD、しかもその中から聴きたい一曲を探し出すのはかなり骨が折れる。一枚ずつラジカセにセットして再生する、という作業が嫌いではないのだが効率は悪い。きっと持っているCDでイントロドンをやったら、僕はぶっちぎりで優勝するだろう。

DVDについても、ジャンル別、シリーズ順に並べてはいるのだが、滅多に見ない作品を見つけるのは難しい。特に自分でテレビ番組を録画したDVD-Rは、盤面に模様があるわけでもないので、どれも完全に同じ形状になってしまう。それを番組ごとに分類し、放送順にファイルに入れていくのが僕の日課。

友人とテレビを見ていて、ドラマの『相棒』の再放送が流れると、僕はすぐに「これはシーズン14の第2話」などと指摘して驚かれるが、別に右京さんのように記憶力がすごいわけではなく、憶えていないと部屋で探す時に大変だからなのだ。

ここでちょいとマニアックな話をすると、CDとCD-R、DVDとDVD-Rでは、プレイヤーが読み込む時のキュルキュルという音が微妙に違う。これも判別の大きな助けになってくれる。DVDレコーダーにしても、番組をハードディスクに録画する時、録画したデータを編集する時、DVD-Rにデータを焼く時とでは、機械が立てる僅かな音はそれぞれ違う。これらを頼りに死ながら、僕は番組を録画してはしっかりCMカットなどの編集を行なった上で、それをDVD-Rに焼いてコレクションしている。

かくして完成した数百枚のディスク。その中からいかに目当ての物を発見するか、そんなゲーム感覚の運試しに夜を徹することも少なくない。

5.テレビの前にて

今はCDやDVDの宅配レンタルなんて便利なものもある。携帯電話から自分で作品を選んで注文するから、間違いもない。ただパート1とパート2を一緒に借りると、間違ってパート2から再生し話がわかってしまうリスクがある。なのでできるだけバラバラに借りるようにしているが、どうしても早く見たい時は同時に借りて運試しをする。

ただ洋画のDVDを見る時には、音声を日本語に切り替えるのに一苦労ある。リモコンのボタンで切り替わる物は問題ないのだが、リモコンには反応せず、ちゃんとメニュー画面で選択しなければ切り替わらない物もある。メニュー画面のどこにどのように選択ボタンがあるのか、どちらがオンなのかオフなのか、作品を見る前にしばらく当たりが出るまで運試しをくり返すこともある。

一方で最近は音声ガイドつきのDVDも増えてきているので、大変有難い。おかげで名探偵コナンの劇場版シリーズも毎年楽しめている。また音声ガイドがなくとも、僕の愛好するミステリーというジャンルは会話劇が主なので、映像が見えずとも多くの作品を楽しむことができる。

余談だが、逆に全く楽しめないのがグラビアアイドルのイメージDVD。音声も物音もカットされ、BGMだけが流れているのでさすがに想像力で補うのは無理がある。おそらく映像では美しい女性がプールサイドを走ったりしているのだろうけど、僕にとってはただのサウンドトラック。まさに運が尽きた瞬間である。

6.それ以外にて

他にも、初めて行く場所などではたくさんの運試しがある。エアコンのスイッチ、果たして温度を上げるボタンは右か左か。照明のスイッチ、押してオンになったのかオフになったのか。自動販売機、烏龍茶はどのボタンか。口臭トイレ、男性入り口はどちらか。喫茶店、ミルクとガムシロップはどっちがどっち?

7.研究結果

そんなわけで、僕の日常には運試しがたくさんある。すごく冴えている時は、5分の1の確率だってバシバシ当たりを引く日もあれば、全部はずれの日だってある。

でも、それでいいと思える。期待した献立と違う夕食になったとしても、それはそれでおいしい。目当てのCDを探しているうちに、忘れかけていた大切な曲に出会えることもある。

豊かとは便利ということではない。充実とは無駄がないことではない。ミスしたりロスしたりして、そこから生まれる素敵なものもたくさんある。

毎日が運試し。今日も運命とじゃれ合っていこう。

令和2年2月2日  福場将太