愛しい作品たちを研究するシリーズの二回目です。作品が心に残る理由…それはもちろん作品そのものの完成度によるところも大きいのですが、どれだけ作中の人物や物語が自分にシンクロするかというのも重要な要素。大多数に支持されるヒット作でなくても、特定の人たちにとっては強く心を揺さぶられる作品もあるのです。
研究作品
今回取り上げるのはそんな音楽漫画『DESPERADO デスペラード』。そう、今月は大学時代の強化月間。音楽部の知られざる天才・MJも愛読した作品です。
ストーリー
高校生の少年・椎名は熱狂的な音楽ファン。しかしそのマニア趣味は同級生たちの嗜好とは合わず孤独で退屈な学園生活を送っていた。そんなある日、椎名は一念発起して楽器屋へ。これまで聴くだけであった音楽をついに自分でやる決意をしたのだ。そして店の片隅に置かれた流行遅れのモデルのギターを発見。自分と似てる…そんな気持ちからそのギターを購入した椎名であったがそれを悪友の八神にからかわれ、挑発に乗って今度行なわれる文化祭のライヴに出演すると宣言してしまった。追い詰められた椎名はどうやらギタリストらしいクールな転校生・黒須に頭を下げ、「ギターを教えてくれ、一緒にライヴに出てくれ」と懇願する。
かくして始まる二人での音楽の日々。文化祭での初ライヴ、遊園地での演奏アルバイトと経験を重ね、やがて仲間を増やしてバンドとなった彼らは大きなステージに立つチャンスを得る。しかしそんな時、黒須の愛用する傷だらけのレスポールにまつわる過去が彼らを引き裂き始めた。
福場的研究
1.勇気の積み重ね
音楽漫画は数多くあれど、音楽に触れるワクワクそのものを描いているのが本作最大の魅力。音楽って、実は勇気の積み重ねなんですよね。ギターに興味があってもいざ楽器屋に足を運んで店員さんに「ギター欲しいんですけど」と伝えるのがまず最初の勇気。恥ずかしいような怖いような…そんな苦難を乗り越えて手に入れた人生最初のギター。それを自分の部屋でこっそり鳴らした時の感動…そんなシーンを描いてくれているのが本当に嬉しい。わかるわかるってつい頬が緩んでしまいます。
次の勇気は「一緒にバンドやってくれ」と誰かを誘うこと。これって愛の告白にも匹敵する大勝負なんです。もし断られたらと思うと怖くて怖くて…でもここを乗り越えられたら仲間という更なる喜びがやってくる。黒須に声をかけたいのにかけられず何日も過ぎてしまう椎名の姿は本当に等身大です。
続いて訪れる練習の日々はまさに忍耐。指先が痛くてたまらない、なかなか音が鳴ってくれなくて投げ出しそうになる。でもある日ちゃんと鳴ってメチャクチャ嬉しかったりする。一曲ずつ弾ける曲が増える喜びはどんどん加速していく。
そして最大の勇気はステージに立つこと。それがうまくいった時のドキドキとそうじゃなかった時のガッカリも本作はとても上手に描いています。
やがてバンドが固まってくると起こるメンバー内の問題。かつて同じ夢を追った仲間が音楽を続けられなくなった時、自分は前に進む勇気…。
そんな懐かしく愛おしい勇気たちが本作にはたくさん溢れているのです。
2.踏み出すべき時は今
椎名は黒須の助言を受けながら、立ちふさがる困難を一つずつ乗り越えていきます。そしてかつては周囲が悪いと決めつけて一人ぼっちだった少年は、かけがえのない仲間と譲れない生きがいを手に入れていくのです。
これは音楽に限ってのことではないですよね。ふとしたきっかけがそこにある時、踏み出せるかどうかが人生を大きく変えるということを本作は音楽と言う魔法を通して描いてくれているのです。
もしみなさんも今興味を持っているけど踏み出せずにいることがあるのなら…ぜひ勇気を出してください。それがあなたの毎日を、ひいてはこれからの人生を変えるかもしれませんよ。
僕自身、勇気を出して楽器屋に行って本当によかったと思っています。もちろんそれを予見していたわけではありませんが、視力を失っていった時に心を支えてくれた柱の一つは間違いなく音楽でしたから。もし音楽がなかったらと想像するとぞっとします。
3.ストーリーと楽曲のシンクロ
ストーリーに絡んで作中で登場する楽曲のチョイスも見どころ。ビートルズやカーペンターズの有名曲から美空ひばりに森高千里、ハイロウズにトッド・ラングレンまでとても幅広いミュージシャンの楽曲が搭乗します。特にラングレンの「A dream goes on forever」と「Can we will be friends?」はその歌詞とストーリーのシンクロが素晴らしい。実際にCDを流しながら椎名と黒須のライブのシーンを読むと、本当にそのライブハウスにいるかのような臨場感を覚えます。
また火事で指を負傷したギタリストの話、チケットを売るためにトラックの荷台で路上ライブをやって逮捕されたミュージシャンの話など、音楽にまつわる楽しい実話もふんだんに盛り込まれています。
好きなエピソード
文化祭で盛況を得た椎名と黒須。その勢いで遊園地でステージのバイトを開始。気持ち良く演奏する二人だが客の反応は冷たい。同じように歌ってギターを弾いているのに何故?そこで黒須は同級生の女性ボーカリスト・藤谷サラをスカウトする。彼女の加入により客の反応は大きく変わる。椎名はまた大切なことを学ぶのであった。
→音楽を始めたばかりの頃、多くのバンド少年が上手に演奏すれば場は盛り上がるという勘違いをしています。もちろん演奏も大切ですがそれは自己満足ではダメ、お客さんを楽しませる演奏をしてこそ自分も楽しめる。黒須は言います、「歌の上手い奴ならカラオケボックスに行けばたくさんいるけど、客を楽しませて歌える奴はそうはいない」と。
う~ん、基本にして永遠の課題。演奏の技巧ではなくこういった心得を主題にしているのが興味深い本作。まさにバンド少年の教科書のような漫画です。
福場への影響
1.二人はライバル
ギターを買う、一人でこっそり練習する、友人を誘ってグループを組む、文化祭で初ステージ、地元を離れ東京へ、ライヴハウスに出る、バイトで演奏する…とまさに青春時代とリアルタイムにシンクロしていた本作。椎名と黒須に張り合いながら、彼らの姿に教わりながら、音楽に夢中になっていた頃が本当に懐かしいです。
2.たった一つの不可欠
作中で黒須も「技術より大切なものは魂。ちゃんと魂は燃えているんだろうな?」と椎名に言いますが、音楽は音楽をやりたいという熱い想いがなければ続けられるものではありません。勉強や運動よりもそれはシビアで、無理矢理やるとかとりあえずやるというのは音楽では難しいのです。メンバーがやめたいと言った時、他の理由ならなんとか説得できますが、情熱がなくなったと言われてしまうともう引き止めようがありません。
僕も今でこそ好きなものは音楽だとためらいなく言えますが、情熱が消えかけたことはこれまでに何度かありました。そんな時に本作を読み返せば不思議とまた音楽をやりたい気持ちが蘇る…そんな感じで『DESPERADO』は何度も助けてもらった心の名作なのです。
大学の音楽部でも流行らせようと単行本をいくつも買って配布してましたが…今でも部室に残ってるかな?
好きなセリフ
「楽譜が音楽じゃない、耳で聴こえるのが音楽なんだよ」黒須道哉
平成31年2月7日 福場将太