心の名作#1 姫ちゃんのリボン

誰の心にも時々そっと取り出してしまう愛しい作品があるのではないでしょうか。夢中になって読んだ漫画、ページをめくる指が止められなかった小説、意味もわからず涙が溢れた音楽、登場人物の言葉に胸が熱くなった映画…。大人になっても時々ふと思い出したり、久し振りに見てみるとあの頃と同じ気持ちが込み上げたり…そんな作品が僕にはたくさんあります。
自分に与えた影響も振り返りながら、心の名作を研究してみましょう。

研究作品

さて、記念すべき第1回は漫画『姫ちゃんのリボン』です。

ストーリー

野々原姫子はスポーツ万能のオテンバ中学1年生。休み時間も男子に混じって野球やサッカーにあけくれ、いつも明るく元気なクラスのムードメーカー。しかしそんな姫子は演劇部所属、その理由はとある先輩に密かな想いを寄せているから。姫子には二つ上の姉がおり、美人でおしとやかで家事も完璧。そんな女の鏡のような姉に姫子は劣等感を抱いており、女らしくない自分に自信が持てずにいた。本心お打ち明けられるのはぬいぐるみのポコ太だけ、友達の前ではいつも脳天気に振舞っていた。
そんなある日姫子の前に魔法の国の王女・エリカが現れる。彼女は姫子にそっくりな顔。エリカによると、彼女がやがて王位を継ぐためには「自分にそっくりな人間に魔法のリボンを渡して一年間その動向を観察する」という修行があり、その協力のお願いに来たのだという。魔法のリボンを使えば1時間だけ自分以外の人間に変身することができるというのだ。
かくして姫子は魔法のリボンを装着するわけだが、その持ち前の勇み足やお人よしがきっかけとなって数々のトラブルが巻き起こっていく。

福場的研究

1.自分と他者

この作品は『自分』と『他者』について大切なことをたくさん教えてくれました。例えば「どんな人間でも普段見えない面を持っている」ということ。意地悪な同級生が弟にとっては優しいお兄ちゃんだったり、怖い専制が家では慕われたパパだったり、美人で非の打ち所がないと思っていた姉が大きな不安を抱えていたり。姫子は他者に変身することで自分の知らなかった相手の姿をたくさん知ることになります。
また、姫子が元の姿に戻れなくなった時、強く感じた「自分が自分であるということがどんなに幸せか」ということ。いつもは自己肯定感が持てなかった自分、でもいざそれが失われた時に姫子は自分が手にしていた多くの財産に気付くのです。
人間は誰でも自分の人生しか生きることができません。自分の目を通してのカメラワークでしかこの世界を見ることができません。一度でいいからあの人になってみたい、誰かに入れ代わってもらいたい。僕も何度もそんな想像しました。
魔法のリボンはファンタジーです。でもそんな非現実的なアイテムを通して、僕たちの暮らす現実においてとっても大切なことをこの物語は教えてくれます。どんな相手でも自分からの視点だけで判断してはいけない、自分が自分であることはとても有難いこと。誰かを憎んだり、自分が嫌になった時、僕はいつもこの気持ちを思い出しています。
エリカにリボンを返却する時、姫子は感じます。「エリカの修行は私の修行でもあったんだ」と。僕もこの作品でたくさん心を成長させてもらったと思っています。

2.見事な構成

またこの作品の魅力はその構成。一つの事件を乗り越える度に新しい謎や新しいキャラクターが登場するので飽きることがありません。しかもその登場は取って付けた印象派まるでなく、さり気なく触れられていた複線が優しく拾われていくような、昔からその存在を知っていた人にようやく出会えたような、「初めまして」よりも「お待たせしました」といった展開に感じるのです。登場人物たちの友情や恋心が深まっていく様子も絵巻を見るようにゆるやかで、素直に受け入れられます。第1話の謎が最終話で明かされるなど、読者の期待に応えての過不足なしの全10巻、お見事です!

3.野々原姫子の魅力

そして主人公の姫子という女の子。それはもうこの物語を読んだ人は男も女もみんな好きになっちゃうんじゃないかと思うくらい魅力的です。少女漫画の主人公だからシンデレラストーリー、そんなご都合主義な感じは全くしません。姫子が幸福な未来の扉を開くことができたのは、間違いなくその優しさ、明るさ、ひたむきさ、そして何より「笑顔の元気」という歴代少女漫画ヒロインとは一線を隔する太陽のような魅力の賜物なのです。彼女の存在は「女の子らしさ」という言葉に新たな意味を追加してくれました。
姫子が魔法の国と関わっていた時間は中学生のほんのわずかな期間だけ。不思議なことがたくさん起こって、奇跡にだって手が届きそうだった日々…それはまるで今でも懐かしく思い出す自分の青春の日々にも重なる気がします。

福場への影響

1.男らしさの意味

姫子の同級生・小林大地はリボンの秘密を知ったことから姫子の協力者になるのですが、そんな彼は本当にかっこいい少年として描かれています。偉そうだけど頼りになって、意地悪だけどとっても優しい、冷静沈着だけど無鉄砲な奇跡を信じる、そして間違っていることは相手が誰でもちゃんとそう言える。普段は男友達のように扱っている姫子に対して危険な時は「女なんだぞ、お前は」と怒ったり、作中多くの登場人物が「姫ちゃん」と呼ぶ中、彼だけは「野々原」と呼んでいたり、本当に憎らしいくらいかっこいい奴です。
そんな彼に憧れて、中学時代にクラスの女子を苗字呼び捨てにしてみましたが反感を買っただけでした。また彼の真似をして自転車旅行もしてましたね。
遠く及びませんが、僕にとって小林大地は理想の少年像です。

2.テーマソング

アニメ版の主題歌だったSMAPの『笑顔のゲンキ』と『君は君だよ』はまさにこの作品のテーマにピッタリで、今でも僕の弾き語りレパートリー。いつかこの作品のファンの人とカラオケに行けたらぜひ一緒に歌いたいですね。

好きなエピソード

同級生・日々野ひかるの姿から元に戻れなくなった姫子。しかもそれは自分の誕生日の夜。家族にも自分が姫子であると打ち明けられず、もしかしたらこのまま一生元の姿に戻れないという不安と絶望の中、姫子のもとにかけつけてきた大地。彼の優しさに触れた時、姫子は自分の気持ちにはっきりと気がつく。
→いやあ、姫子の姿じゃない時に一番大切な気持ちに気づかせるなんてニクい演出ですね。でもこのシーン、「どんな姿でも心は本人のもの」「心こそがその人が確かにその人である証明」ということを感じさせてくれたように思います。
そんなわけでやっぱり好きな作品のことを書いていると筆が止まりませんね。どうしてもニヤけてきてしまいます。元々は妹の部屋にあったのを読んだのがこの作品との出会い。気付けばいつしかコミックスは僕の部屋に移動し、広島から東京を経て今は北海道の部屋に並んでいます。残念ながら現在それを読む視力はありませんが、今でもいくつもの場面が鮮やかに思い出せます。しかも近年まさかの新作として短編集が発売。いつか目が治ったら昔のコミックスと共にそれを読むのがとっても楽しみです。

好きなセリフ

「未来はわからないから面白いんだよ」小林大地

平成30年8月30日  福場将太